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Gemini-Titan ジェミニ・タイタン 1963
ジェミニ・タイタンのペパクラデータはこのサイト http://web.archive.org/web/20000831095129/www76.pair.com/tjohnson/gt2inst.html

gemini HISTORY
 1961年、前述のヴォストークの成功直後、ケネディ大統領が、議会演説で「米国は60年代中に、人類を月に送り込み、無事帰還させる」という無茶な発表をして、NASAの関係者は全員頭を抱え込んでしまった。

 このケネディ演説がどれくらい無茶な要求だったかというと、当時の宇宙開発進行状況はまだ月着陸はおろか、ようやく有人宇宙飛行が緒についたばかり。人間を宇宙に出すだけでひと苦労、というレベルで、月着陸を狙う場合に絶対必要な、ランデブー、ドッキング、宇宙遊泳←(月に降りるためには、宇宙船の外に出なければならないから)等々といった技術のなにひとつとして確率されておらず、「無重力の宇宙で、人間は飯が食えるのか」といったことさえ判っていない状態であった。
 なのに、あとわずか10年足らずの間にそれらを全てクリアした上、月まで行って帰ってこい、と言うのである。

 当時のNASAを評して「始業式前日なのに、夏休みの宿題をなにひとつやっていない小学生状態」という、うまい言い方をした人もいる。

 とりあえず、月旅行の必修科目とも言うべきこれらの技術を確立し、練習する、というのが「ジェミニ計画」であった。
 先代のマーキュリーは1人乗りだったところ、ジェミニでは2人乗りになったが、機内容積はマーキュリーの1.5倍でしかなく、かなり窮屈だったであろうことは想像に難くない。
 ジェミニの飛行士たちはこの状態で、最大2週間もの軌道周回飛行をして各種のミッションをこなしている。
 小型乗用車の運転席と助手席に座ったまま2週間生活している自分を想像して欲しい。

 先のマーキュリー計画や、このジェミニ計画もそうだが、これら初期の宇宙開発には、なかなか人間くさいエピソードが多い。
 あるミッションでは、宇宙服に備えられた「排泄物溜め込み袋」が破れるという、たいそう悲惨なアクシデントがあり、帰還後のインタビューで感想を聞かれた飛行士は「トイレで2週間暮らしてみれば判る」と答えたという。

 また、初期の宇宙食は、歯磨きチューブのような容器にペースト状の食べ物が詰められた、お世辞にも美味しいと言えるようなシロモノではなく、事実、宇宙食の開発に際して研究された、携行性、安全性、栄養価、衛生、味、の中で一番後回しにされたのが「味」であったらしい。
 これに対して、ささやかな抗議、というか半分ジョークのつもりで、宇宙船にサンドイッチを持ち込んだ飛行士がいたが、「精密機器の隙間にパンくずが混入して故障したらどうする!宇宙飛行士としての自覚が足りないのではないか!」などと責めまくられ、議会でも問題にされるほどの騒ぎとなった。(現在では、パンくずが飛び散らぬよう、一口サイズのサンドイッチを、口を閉じたまま食べるのはOKとなっているそうだ)

 子供の頃は宇宙飛行士に憧れたものだが、なかなかどうして、大変な商売なのであった。

 ちなみにそれまでの宇宙船は、操縦するといってもせいぜい大気圏再突入時の姿勢変更くらいしか出来なかったのが、ジェミニからは宇宙空間を前後左右に自在に操縦でき、軌道の変更も可能な、真の「宇宙船」となった。


IMPRESSION
 これも、前記のアトラスと同じサイト、Precision Paper Modelsの提供です。
 極端に精密感を追及せずに、作り易さを主に考えたペパクラですが、精密感と組立易さのバランスはそう悪くないと思います。

 ただ、せっかくのジェミニカプセルのパーツのディテールが、イマイチ物足りなくもありませんが...。

 それと、ロケットエンジンノズル部分は、いくらなんでもあっさりしすぎなので、ここだけは自分の腕や資料と相談しながら、少しだけでもいいからディテールアップした方が良いと思います。(私は軽く流してしまいましたが...)

 あと、スタンドのパーツがありませんが、流用できそうなものもないので、なんとか工夫して自作するしかありません...。実際に作ってみると判りますけど、スタンドの作りにくい機体です。頑張ってください。

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